建設現場の生産性向上を目指すICT戦略「i-Construction」を分かりやすく解説

不確実性が高まる未来を明るくする社会構想「Society 5.0」

世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症。その影響を受け、私たちの働き方や日常生活、企業活動など、さまざまな場面で大きな変化が起きています。

2010年代以降の現代社会は、あらゆるものを取り巻く環境が複雑さを増し、将来の予測が困難な状況にある「VUCA※1の時代」と言われてきました。コロナ過に入り、さらに混沌とした情勢にある中、私たちはどうやって未来社会を描いていけばいいのでしょうか。

※1  VUCAとは、Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguityの頭文字を取った造語で、社会やビジネスにとって、未来の予測が難しくなる状況のことを意味します。

皆さんは「Society 5.0」という言葉をご存じでしょうか? 日本政府が今後目指すべき未来社会の姿として掲げた社会構想です。2016年1月に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」で提唱されたこの言葉は、日本の再興戦略の1つとして位置付けられています。

Society 5.0とは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く、5つ目の新たな社会のことを指します。内閣府によると、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムによって経済発展と社会的課題の解決を両立する「人間中心の社会(Society)」と定義されています。時には、「超スマート社会」と表現されることもあります。

現在、様々な分野において、その実現に向けた取り組みが進められています。具体的には、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)、ロボット、ビッグデータといった最先端のICT技術を活用し、より豊かな社会へと革新していこうというものです。製造業における「スマート工場」、農業における「スマート農業」など、各分野で取り組みが進められています。

建設・土木業界におけるSociety 5.0実現への取り組みこそ、今回ご紹介する「i-Construction」です。以降で、その概要や変遷、具体的な活動状況などを解説していきます。

建設現場の全プロセスにおける生産性向上を目指すICT戦略「i-Construction」

建設現場でのICT活用としては、従来、各プロセスで得られる電子データを収集、活用することで、高効率で高精度な施工を実現することが中心でした。

その後、2015年11月24日の経済財政諮問会議において、当時の石井啓一 国土交通省大臣が「建設現場の生産性向上に向けて、測量・設計から、施工、さらに管理に至る全プロセスにおいて、情報化を前提とした新基準を来年度より導入することとしました」と発言。施工プロセスに留まらない新たなICT施策の開始が発表され、これがi-Constructionと名付けられたのです。

国土交通省:「Society5.0に向けた建設分野の社会実装」p2 を参考にセンスウェイにて作成
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai15/siryou1.pdf

また、石井大臣は「建設現場の生産性向上は避けることのできない課題です」と述べるとともに、「一人一人の生産性を向上させ、企業の経営環境を改善し、建設現場に携わる人の賃金の水準の向上を図るなど魅力ある建設現場を目指していきたい」と発言しています。

同年、国土交通省はi-Construction委員会を設置し、翌2016年に同委員会から報告書「i-Construction~建設現場の生産性革命~」が提出されます。大臣の避けることのできない課題とは建設現場の生産性向上であり、i-Constructionはその解決に向けた取り組みなのです。

また、2016年9月12日の未来投資会議では、当時の安倍総理大臣から第4次産業革命による「建設現場の生産性革命」に向け、建設現場の生産性を2025年度までに2割向上を目指す方針が示され、その達成に向けた施策が今まさに展開されています。

建設現場の宿命を打破するには、IoT活用しかない

「i-Construction~建設現場の生産性革命~」報告書では「建設現場の宿命」という表現が用いられ、それを打ち破るためにIoTをはじめとするICT活用の必要性が強く説かれています。

建設現場の宿命とは、具体的にどのようなことを指すのでしょうか。同報告書では「一品受注生産」「現地屋外生産」「労働集約型生産」などの建設業界の特性が、製造業などで進められてきた「セル生産方式」「自動化・ロボット化」などに取り組むことが困難になる原因だと指摘しています。その上で、IoT導入によって生産性向上のためのイノベーションを推進することこそ、今後の同業界の発展に向けたチャンスだと捉えているのです。

また、建設現場を取り巻く環境については、バブル経済崩壊後の投資の減少局面で「労働力過剰の時代」が訪れ、労働者約340万人のうち、約110万人の高齢者が10年間で離職の予想がされる「労働力不足の時代」に変化したと説明します。

国土交通省「i-Construction~建設現場の生産性革命~」p12を参考にセンスウェイにて作成
https://www.mlit.go.jp/common/001137123.pdf

さらに、年々激甚化する災害に対する防災・減災対策、老朽化するインフラの戦略的な維持管理や更新などのインフラ整備を担う重要な役割が同業界にはあるとし、未来に向けた投資や若者の雇用を確保するための安定的な経営環境の実現には、生産性の向上が欠かせないと強調しています。そのための取り組みが、i-Constructionとのことです。

i-Construction推進における3つの重要な視点

i-Constructionの要となるICT技術は、どのように建設現場で活用できるのでしょうか。「i-Construction~建設現場の生産性革命~」報告書では、その推進について、以下の3つの視点が重要だとされています。

  • 建設現場を最先端の工場へ
  • 建設現場へ最先端のサプライチェーンマネジメントを導入
  • 建設現場の2つの「キセイ」の打破と継続的な「カイゼン」

まず「建設現場を最先端の工場へ」という視点では、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までの「あらゆる建設生産プロセスでの3次元データの導入」が挙げられます。

具体的には、調査・測量段階ではドローン(UAV:無人航空機)やレーザースキャナなどによる3次元測量点群のデータ取得、設計段階では3次元CADによる設計、施工段階ではICT建機による敷均(しきなお)し、検査段階ではGNSS※2ローバーなどを活用した現場検査、維持管理・更新などです。

※2 GNSS(Global Navigation Satellite System / 全球測位衛星システム)は、米国のGPS、日本の準天頂衛星(QZSS)、ロシアのGLONASS、欧州連合のGalileo等の衛星測位システムの総称です。

このように、測量から管理・運営に至る全プロセスでデジタル技術を導入することで、測量から管理・運営に至る全プロセスにおいてデジタル技術を導入することで、工事日数の短縮(休日の拡大)や、技能労働者減少分の補完などの効果が期待されています。

次に「建設現場へ最先端のサプライチェーンマネジメントを導入」の視点です。設計段階において全体最適設計の考え方を導入することで、効率的なサプライチェーンマネジメントを実現することを目指しています。

国土交通省「i-Construction~建設現場の生産性革命~」p13を参考にセンスウェイにて作成
https://www.mlit.go.jp/common/001137123.pdf

具体的には、原材料の調達や各部材の製作、運搬、部材の組立などの工場や現場における作業を最適に実施することで効率化を図ることです。

最後に「建設現場の2つの『キセイ』の打破と継続的な『カイゼン』」の視点。イノベーションを阻害している書類による納品などの「規制」、年度末に工期を設定するなどの「既成概念」の打破などが掲げられています。

また、i-Constructionを進める上で留意すべき点として「建設現場の安全性向上」「急速に進展する新技術の現場導入を進めるための柔軟な対応」「海外展開を前提に、国際標準化やパッケージ化などの考慮」「コンカレントエンジニアリング、フロントローディングを実現する入札契約方式の検討」が挙げられています。

IoTとの関連性が高いのは「ICTの全面的な活用」

i-Constructionの取り組みは、トップランナー施策とも呼ばれます。この施策は、大きく「ICTの全面的な活用(ICT土工)」「全体最適の導入(コンクリート工の規格標準化)」「施工時期の平準化」の3つに大別されます。IoTとの関連性が高いのが、ICTの全面的な活用(ICT土工)です。

建設現場では、建設機械と設計データなどモノとモノやモノとデータを連携、ICT建機による3次元データを活用した施工や検査など、自動化・ロボット化による生産性向上を可能にします。ICT建機では、施工箇所の3次元設計データを活用して、リアルタイムに建設機を自動制御しながら施工が可能です。施工の効率化や作業品質の向上といった効果が見込まれています。

国土交通省「i-Construction~建設現場の生産性革命~」p14を参考にセンスウェイにて作成
https://www.mlit.go.jp/common/001137123.pdf

その他にも、出来形管理に向けた監督・検査基準などの整備、ICT建機としての設備をレンタル・導入するための積算基準の改定、技術者・技能労働者の育成事業なども取り組みの一環として実施されています。

IoTを導入することで、製造業で実現しているような生産性向上の取り組みを実現する必要があると考えているようです。

i-Constructionの気になる実施効果は?

2016年に始まったi-Constructionは、国土交通省が各年度の施策を見直し、「前進」「深化」というテーマを設定して施策を展開しています。たとえば、2019年は「貫徹」の年として位置付けられました。

そうした取り組みの成果としては、2018年度の実績では起工測量から電子納品まで実際の作業時間を約3割削減したという効果などが報告されています。また、2019年度は直轄工事の約8割にもICTが活用され、適用される工種も徐々に拡大。2021年度は構造物工、路盤工、海上地盤改良工まで拡大が見込まれています。

また近年は、中小企業や地場企業におけるICT活用の普及にも積極的です。小規模施工の積算基準の対応、先進的なICT活用をするトップランナー企業の情報共有、3次元データ活用の普及に向けた「簡易型ICT活用工事」を2020年度から導入されています。

コロナ禍を経て、進化を遂げるi-Construction

また昨今、コロナ禍をきっかけとするリモートワークが加速しています。建設・土木業界でも「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」促進を目指す取り組みが実施されていますが、同省では、その促進のためにも「BIM※3」「CIM※4」などの早期実現が重要視しています。

※3 BIMとは、Building Information Modeling(ビルディング インフォメーション モデリング)の略称で、コンピューター上に作成した3次元の建物のデジタルモデルに、コストや仕上げ、管理情報などの属性データを追加した建築物のデータベースを、建築の設計、施工から維持管理までのあらゆる工程で情報活用を行うためのソリューションであり、また、それにより変化する建築の新しいワークフローです。

※4 CIM(Construction Information Modeling/Management)とは、建設業務の効率化を目的とする取り組みのことです。2012年に国交省が提言したもので、既に建築分野で進行していたBIMを手本に開始されました。

国土交通省は2021年に「2023年度までに小規模なものを除く全ての公共工事にBIM/CIMを適用すること」を目標に掲げ、2016年開始当初に想定していた2025年までの適用を、2年早めています。

さらに、建設現場での新しい技術の活用にも注力。「NETIS(国土交通省が運営する新技術データベースシステム)」に登録された新技術などの活用を原則義務化するなど、現場での生産性向上や災害対策、最新技術の開発を支援しています。

i-Constructionの促進においては、様々な分野の産・学・官の団体・組織が連携して「i-Construction推進コンソーシアム」が設立されています。同コンソーシアムでは、建設現場の生産性向上を図るため、最新技術の現場導入に向けた新技術発掘、企業間の連携促進、3次元データ利活用促進のためのデータ標準やオープンデータ化、i-Constructionの海外展開などを担っています。

建設業界が抱える課題の解決に向け、i-Constructionの施策は展開していますが、まだまだ道半ばとも指摘されることもあり、さらなる推進が必要だと言われています。i-Constructionの進化に今後も期待していきたいです。

参考資料